Purple Harp

つぁーこ の創作に関する記事を書き連ねていくページ。たまに女性向け注意。

J.Garden44にサークル参加申込しました

こんにちは、つぁーこです。

今、サリエリ×モーツァルト創作に力を入れています。7月にここのブログで記事を書いてから、描きたいことがもりもりと増えてきて、「400pくらいないとダメでは?」みたいな分量になっています(脳内で)。

とりあえず、まずは100pちょっとを1巻目として出すために原稿中です。プロットからかれこれ3か月経っているのですが、まだ25pくらいしか進んでいません。まずいです。
普段は表紙込み32pくらいの本を出してたことを思うと、「普段ならもうほとんど本できあがってる分量なのになぁ」とか思ってしまいます。

 参加イベント

J.Garden 44

2018年3月4日 池袋サンシャインシティ

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サークルカットです。

 

途中原稿をちょろっと(?)晒します。

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お話は、モーツァルト臨終のシーンから始まります。
音楽を流しつくしてしまった時が、自分の死ぬ時なのだと悟っているモーツァルト
サリエリは、モーツァルトの人らしからぬ運命と、その最期を飾るのが彼自身の鎮魂曲だという美しすぎるシナリオに憤りを覚えます。

 

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しかし、無常にもモーツァルトは35歳という若さでこの世を去ってしまう。
↑の面々は、モーツァルトの葬儀に参加した友人たちです。
ちなみに、ジュスマイヤーはこの後のお話でもかなりのキーマンとなってくる、予定。

 

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モーツァルトは死んだ。大嵐の中、墓地へと向かう霊柩車を見送るサリエリたち。
サリエリは、モーツァルトの死を受け止めきれずにいた。
しかしそんな彼の視界にはっきりと映る二つの影があり、
それはこの世を去ったはずの、モーツァルトの二つの位格(ペルソナ)だったのだ…。

 

という感じでお話は始まります。 

このモーツァルトの位格(ペルソナ)というのが私のモーツァルト創作を特徴付けているもので、神を表す三位一体(父、ロゴス、聖霊)という概念を、神の子であるモーツァルトにも当てはめたらどうだろうか、という考えから始まっています。

 

その発端は、ここのブログにも書いてますが、いつのに書いたか分からなくなりました…('◇')ゞ

↑の絵の背の高い方が『父』テオフィルス、小さいのが『聖霊アマデウス
テオフィルスはモーツァルトの神性、創作の源。アマデウスモーツァルトの音楽そのものってイメージです。
乱暴な言い方をすると、擬人化です。
私たちが認識するモーツァルト、つまりヴォルフガングは『ロゴス』の位格であり、
神の三位一体でいうところの、『イエス・キリスト』にあたります。
エスがこの世に来て教えを説いたように、ヴォルフガングがこの世に生れ落ちてくれたからこそ、私たちはモーツァルトという天上の音楽を知覚することができる、という風に考えています。

 

念のために書いておきますと、私はキリスト教徒でも何でもありません。
ただ、モーツァルトを考えるのにキリスト教の力を借りると良いのではないかと感じています。

 

このモーツァルトの三位一体については文字で描いても描ききれないので、
創作で語れるように頑張ります。他にも沢山描きたいことがあるんです。
モーツァルトが神の子であるがゆえに生じる、人間として地に足をつけて生きることの苦しさ。
この創作では、サリエリが偶然にもモーツァルトの神性や生きづらさのようなものを
目の当たりにしてしまい、引き込まれていきます。

 

人間として生まれ、隣人を愛し、音楽を人々にもたらすことを喜びとして考えていたモーツァルト
けど、実際に音楽で生計を立てるのは容易なことではありませんでした。
だから、幼いころより『職業』や『仕事』としての音楽家の嗜み、経験値を叩き込まれたサリエリと、作曲の才にただただ恵まれていたモーツァルトは、対局のような存在でした。

 

サリエリは、ほかの人には見えないモーツァルトの位格を見ることができます(そういう設定です)。
モーツァルトの神性を目の当たりにし、作曲の才を目の当たりにし、モーツァルトに対して嫉妬、羨望、嫌悪、憐憫、敬愛、崇拝…すべての感情が入り混じったような、とても複雑な、想いを抱きます。
そんな複雑そうな面持ちのサリエリに、モーツァルトは問いかけるのでした。

「僕のこと、好き?」

好きとか嫌いとか、とてもそんなシンプルな言葉に落とし込めそうもない。
お前の音楽でもあるまいし。

 

けど、口ごもるとモーツァルトはとても悲しそうな顔をする。
「好き」と言ってみれば、「そんな風に思ってないくせに」と口答えをする。
「嫌い」と言ってみれば、いよいよ悲しそうな顔をする。

サリエリは、モーツァルトに嫉妬や嫌悪のような負の感情を確かに持ち合わせてはいたが、この無力な神の子を悲しませたくはなかった。
この男の琴線に触れ、潜在する悲しみを取り除いてしまいたかった。
それは、2人が初めて出会ったときのこと、少年モーツァルトの純情さに、心を打ち砕かれてしまったから―――。

 

みたいなお話が史実を絡めながら延々と続きます。
結構いい感じに史実と絡められそうなので描くのが楽しみです。
結局、長々と書いてしまいました。ここまでお読みくださって大変うれしいです。

 

皆様にこの創作をお届けできるよう、頑張る所存です。

 

おわり